By Shin Uesugi

皆さんこんにちは!今回の記事が、Shin Uesugi's Pageの
2014年初更新となります!Shinは今日、久しぶりに
Chess.comでタクティクスの問題を解いていたのですが、
その途中、以下の局面に出くわしました。


白番

この問題は、レーティング3000を超える超難問。
初見で解くことはほぼ不可能に見える問題ですが、
Shinは何とか解くことができました。
何故解けたのかと言うと。。。

Shinは一年半ほど前、この問題に挑戦したことが
ありました。その時は答えがまったく分からず、解くことは
できなかったのですが、失敗した後に答えを見ると、
体中に衝撃が走り、鳥肌が立ったのを覚えています。

それから約半年後、Shinが2012年の冬休みに
一時帰国した頃、ふとこの問題のことを思い出しました。
またこの問題に出会いたいと思い、Chess.comで
タクティクスを繰り返し解いていましたが、まったく
出会える気配は感じられず、自分の履歴を
調べようとしても、当時一万問ほど解いていた
Shinの履歴から調べるのは、容易ではありませんでした。

「あの問題は削除されてしまったのかなあ」と思い、
存在すら忘れかけていましたが、今日また出会うことが
できたので、チェスの「価値」というテーマと交えて
記事にすることにしました。ではまず、この局面に
ついて考察していくとしましょう。

この局面では、白は5ピースダウン。白キングは
動けるマスがなく、Nf6#やBe2#とされたら一瞬で
チェックメイトされていまいます。しかし、白には
起死回生の可能性を感じさせる、a7とh7のポーン達が
ありますね。これらは一手でクイーンになることができ、
特にaポーンはクイーンに昇格する手がそのまま
チェックになるということが分かるでしょうか。

では、まず初手は1.a8/Q+で決まりだろう。。。
それが、大半のチェスプレーヤーの第1感でしょう。
しかし、いざ1.a8/Q+としてみると、以外と攻めが
続かないことが分かります。その例として、
以下の手順をご覧ください。

1.a8/Q+ Kc8
2.b7+ Kd7
3.Qd5+ Ke7


Position After 3...Ke7

矢印が示すように、c1にいる黒のクイーンが、
白のクイーン達がチェックできるほとんどのマスを
押さえているのが分かるでしょうか。4.Qe5+と
しても、4...Kf8と逃げられて何も起こらず。
4.hxg8/N+に対しては4...Nxg8とこれを
取り、5.Qf7+の後に5...Kd6と逃げれば
黒は守りきることができます。ステールメイトを
狙う4.Qxd8+には。。。

4.Qxd8+ Kxd8
5.Qxb8+ Ke7


Position After 5...Ke7

6.Qf8+ Kxf8
7.b8/Q+ Ke7
8.Qf8+ Kxf8


Position After 8...Kxf8

ステールメイトまで後一歩というところまで来ましたが、
9.hxg8/Q+に対して9...Nxg8とされると
白キングがg4に逃げることができるので、
ステールメイトにすることができません。
しかし、この問題は白キングが動けないことを
利用してステールメイトにする問題だと気づくのは、
この問題を解く際に必要となる考え方です。

では、正解を見てみましょう。この一手目が、
この問題を解く鍵となる、重要な一手です。

1.a8/B+!!


ビショップに昇格する、信じられない一手!!

1... Kc8
2.b7+! Kd7
3.Qd5+ Ke7


Position After 3...Ke7

前に見たような局面ですが、ここでa8にいる駒は
ビショップですよね。このビショップはもう動けないので、
白はクイーンとh7のポーンを何とか処理すれば
ステールメイトにすることができます。

4.Qe5+ Kf8
5.Qxg7+!!


キングサイドの駒を処理するクイーン・サクリファイス!!

5...Kxg7
6.h8/B+!! Kf7
7.g7+ 1/2-1/2


これでステールメイト!!

最終局面は、盤上の隅にいる白のビショップ達を、
b7とg7にいるポーン達が閉じ込めてのステールメイトという
美しい形に。この問題は、A.Hurtig氏が1943年に
考案したもので、チェスの芸術的側面を
垣間見ることができると思います。



さて、前置きが長くなりましたが、今回の記事のテーマ
である、チェス、そしてチェスに携わる方達の「価値」に
ついて話していきますね。

多くの方に知られていることですが、チェスではもはや
人間よりもコンピューターの方が強いということが常識として
成り立っています。1997年に、スーパーコンピューターの
ディープ・ブルーが当時の世界チャンピオンだった
ガルリ・カスパロフを破ってからもコンピューターは
進化を続け、人類最高レーティングを更新した
現世界チャンピオンのマグヌス・カールセンを持ってしても、
人間がコンピューター相手にチェスのマッチで勝利すると
いうことは不可能と言っても過言ではないでしょう。


カスパロフを破ったディープ・ブルー。Photo: Marshall Astor

そういえば2013年には、日本でも同じような現象が
起きていました。そう、将棋のプロ棋士達が団体戦で
コンピューターに敗れた、電王戦のことです。
大晦日に行われた電王戦リベンジマッチでは、
船江恒平五段が見事ツツカナ相手にリベンジを
果たしましたが、ツツカナが前回対戦した時と
同じバージョンで、事前に貸し出されていたことを
考えると、この結果にしっくりこなかった方達も
いたかと思います。第3回電王戦の結果がどうなるかは
分かりませんが、近い将来、東京オリンピックが
行われる頃には、コンピューターがプロ棋士より
強い
ということが常識になっていてもおかしくないでしょう。

将棋界では神と呼ばれるプロ棋士の先生方が、
2013年にコンピューターに負けた。。。
第2回電王戦が将棋界に与えた衝撃は、
計り知れないものだったと思います。
特に、自らの価値を脅かす存在の出現に、
プロ棋士の方々は相当フラストレーションが
溜まっていたのではないでしょうか。あるプロ棋士の
先生は、「機械より弱いプロというものに、そもそも
そんなに価値があるかと言われれば。。。これは、
プロ棋士の存在意義に関わる」という言葉を残しています。


ニコニコ動画での、第3回将棋電王戦 開催発表PVより

プロ棋士にとって、このような発言は自然でしょう。
例えば、自宅で対戦できるプログラムがプロ棋士より
強かった場合、プロの指導対局を受ける意味は
あるのでしょうか?プロに教えてもらうより、将棋プログラムを
使って勉強した方が効果的なのではないでしょうか?
そもそも、プロより強いプログラムを作ることが、
世の中の何に役に立つのでしょうか?

ディープ・ブルーがカスパロフに勝利した時、
Shinはまだチェスを始めていませんでしたが、
チェス界に同じようなことが起こったことは
容易に推測できます。チェスで食べていく
手段で最もポピュラーなのは、レッスンなどといった
コーチ業をすることですが、局面に対して
人間よりも正確な判断を下せるコンピューターが
いた場合、チェスコーチの必要性が問われますよね。

Shinは去年、コンピューターとチェスに
ついての記事を、ブログに書いています。
この記事の中から引用したいのが、記事の中に
出てくる、サール教授の言葉です。

コンピューターはチェスを指していないし理解もしていない。
コンピューターはチェスのポジションというシンボルを
内臓されたプログラムに照らし合わせて新たな
シンボル(チェスの手)をアウトプットとして
出しているに過ぎない。膨大なデータベースを使い
前述のことができるのは、コンピューターの力であり
強みでもあるが、そこにチェスの理解というものはない。

ジョン・サール、「心の哲学」の講義より

コンピューターは、膨大な数の局面を読み、
評価関数を使ってそれらの局面の形勢判断を
行うことができます。しかし、コンピューターは
何故そのような形勢判断になったのかを、
人間に説明することができません。

たとえば、以下の局面を見てください。



見て分かる通り、チェスの初期ポジションです。
Shinはチェスのコーチ業について少しかじった
ことがありますが、チェス教室を営んでいる先生方は、
十中八九、センターポーンを2マス進める1.e4かd4を勧めます。
理由は、センターポーンを進めることでビショップの
道が開き、駒の展開がしやすくなること。そして、試合全体を
通しての争点となる、中央のマスを少しでも支配すると
いったことが挙げられます。さて、この局面を解析してみると。。。



Shinが使っているのはStockfishといい、
安物のノートパソコンで使用してもShinより遥かに
正確な手を見つけることができる、無料版最強のプログラムです。

ここで注目してほしいのは、4番目の着手として
勧められている1.e3という手。今までShinが
知り合ったチェスコーチで、初心者にこの手を
勧めたという方は一人もいません。理由は、
1.e3と指すと、将来的にc1にいるビショップの
展開がしにくくなってしまうからです。



左の図は、序盤で白が目指す理想形。矢印で
示されているように、白のビショップ達はc4やb5、
f4やg5といった攻撃的な位置に移動することができます。
それに対して右の図では、白のポーンがe3にいるため、
黒マスビショップはd2、またはb2-b3とポーンを付いてから
b2に展開するという選択肢しか残されていません。

しかし、コンピューターは1.e3を普通の手、いや、
1.e4と同じくらい良い手だと判断しています。
なぜそんな判断を下したのかとStockfishさんに
問いかけても、答えは返ってきません。
これは極端な例でしたが、もしある局面で、手順Aを
指したら評価値が0.30となり、手順Bを指したら
評価値が0.25となるとしたらどうでしょう。
コンピューターならもちろん手順Aを指すでしょうが、
手順Bの方が人間的に指しやすいということは、
チェスの世界では普通にあります。

ここで分かることは、コンピューターは100%確実な
WHATを伝えてくれますが、その手のWHYを教えて
くれることはありません。コンピューターのみを使っての
独学には限界があり、いずれチェスの手のWHATと
WHYを繋げてくれる、INTERPRETER(解釈者)が
必要になってきます。



では、この解釈者となる人はどのような人でしょう?
もう、ここまで言えば分かりますよね。

それは、実力的にはコンピューターには及ばない、
チェスのプロ達です。世界チャンピオンがコンピューターに
負けてから約16年半経った今でも、世界でのチェスの
人気は根強く、チェスコーチという職種も確立しています。

2011年には、アルメニアが世界で初めてチェスを
義務教育に取り入れましたし、日本では昨年12月末、
プロチェスプレーヤーの小島慎也さんがブログに
レッスンのページを追加し、コーチ業を本格的に
始めたことも記憶に新しいでしょう。
更に、最近指されなくなった、古いと言われているような
定跡を、コンピューターが示す手順を使って
現代チェスに蘇らせるというテーマでチェスビデオを
作っているグランドマスターも存在します。

人間が直感的に切り捨てる手ですら読む
コンピューターのおかげで、チェスにはどんどん
新手が出てきています。これらの手に意味を
付けるのはあくまで人間であって、コンピューターでは
ありません。チェスで重要なのは、その局面のみで
役に立つWHATよりも、様々な局面に応用が利く
WHYです。コンピューターがチェスの幅を広げる
WHATを提供し、それに解釈者の人間達がWHYを付けて
カジュアルプレーヤーに説明してあげる。。。
これが、現在のチェス界における人間とコンピューターの
共存の仕方だと、Shinは思います。

また話を戻しますが。。。
たとえプロ棋士がコンピューターに負けることが
あっても、プロ棋士の指導対局などといったものの
価値が下がることはないでしょう。持ち駒が使える
将棋は無限の可能性を秘めており、WHYの重要さは
チェス以上のはず。将棋は動き方くらいしか知らない
Shinなら、WHATしか伝えてくれないコンピューターとの
対局よりも、WHYを教えてくれるプロ棋士の先生との
指導対局を選びます。

将棋がチェス以上の可能性を秘めているなら、
コンピューターの進歩によって広がる幅もチェス以上
でしょう。そんな時、新手が飛び交う将棋界でそれらの
手に意味を付け、Shinのような初心者に説明できる
解釈者となりえる人材は、並々ならぬ将棋の理解がある、
プロ棋士(やアマ強豪)の方達しかいないのではないでしょうか?
チェスの例を見ると、トッププロがコンピューターに負けたことで、
その競技やそれに携わる方達の「価値」が下がるとはとても思えません。



チェスには、この記事の始めに書いた問題のような、
芸術的価値も存在します。現在、このような問題を
解くことのできるコンピューターは存在しますが、
人間が持つ感性を刺激するような美しい問題を
創作できるコンピューターは存在しません。
そもそも、感受性は人それぞれですしね。

2006年に書かれたこの論文では、チェスプロブレム創作の
マスター達を研究チームに招き入れ、局面の美しさを
数値化しましたが、できたのは既存の問題を少し
良くすることだけで、ゼロから美しい問題を創作する
ことはできなかったようです。Shinは、好奇心から
面白そうな将棋の詰将棋を検索したことがありますが、
ミクロコスモスや煙詰めなどといった作品は非常に
面白く、将棋の芸術的価値を再確認させてくれました。

コンピューターがこのような問題を創作できるのには
時間がかかると思いますが(可能なのかは分かりませんが)、
近い将来には前述の論文のように、自分が創作した問題を
コンピューターに改善してもらうといった、人間とコンピューターが
協力して作る問題が主流となっていくかもしれません。



現時点では、コンピューターは人間にその
存在価値を見出してもらう必要があります。
コンピューターを得体のしれないものだと捉えず、
将来的には人間の片腕としてチェスや将棋といった
ボードゲームの進化を手助けしてくれるパートナー
ようなものだと思えば、コンピューターの進歩はそれほど
恐れるべきものではないのではないでしょうか?少なくとも
チェス界では、コンピューターは人間とうまく共存し、
チェスの発展に貢献してくれています。



以上で、今回の記事は終わりとなります。
Shinは第2回電王戦をアメリカから視聴し、
その時にチェスとコンピューターについて何か
書こうかなと思っていたのですが、結局2014年まで
書けずじまいでした。今日、記事冒頭のタクティクスを
解き、チェスの芸術的な部分に触れ、チェス、
詳しく言えばチェスに携わる方達の「価値」、
そして「存在意義」は何なのだろうと考え、今に至ります。

今回書いたことはあくまで元チェスプレーヤーである
Shinの個人的な考えなので、違う意見をお持ちの方も
いるでしょうが、それは十人十色ということで勘弁してください。
できれば第3回電王戦を現地で観戦してみたいものですが、
あと半年、大学が残っているShinは、またアメリカからニコニコ動画での
観戦となりそうです。皆さん、ここまで長々と読んで頂き、
ありがとうございました!2014年も、Good Luck and Have Fun!!

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